Canpath
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命の重さとお茶漬け

また病院に来た。紛争の直接的被害者は、そう、病院にいる。手術室から出てきた患者さんたちがいるあのスペースは日本語で何と言ったかな。別にどうだっていいか。一人目は昏睡状態から覚めたばかりで話を聞ける状態ではない。患者さんの兄にあたる、現場にいた目撃者に話を聞く。僕はどうしても年配の男性が堪え切れずに流す涙が駄目だ。なぜか心に響いてしまう。僕の仕事はできるだけ民間人の被害を食い止めること。被害が出たら、加害者を突き止め、やめさせること。紛争を止めるんじゃない。紛争の被害を止める。それが仕事。業界用語で「プロテクション」と呼ばれる。

二人目三人目は、母親を亡くした幼い子ども。血だらけ。母親もまだ20代と若かった。その父親に話を聞く。また彼も鼻がしらを押さえてうずくまってしまう。今日は僕も運がないみたいだ。話を聞きに来るのが早すぎたか。それも判断。でも、この国で仕事をするものあと少し。やり残すことのないよう、見届けよう。最後まで、しっかりこなそう。

事務所に帰って昼飯。午後は他の仕事が山積してて、さっきの事件を報告書に落とす暇もない。明日に回そう、と思う間もなく夜になる。同僚がスイスの家庭料理を作るとか言って息巻いている。僕は上の階に上がってバーベルを使い体を動かす。日本に帰るめどが立ってきてから、きちんと体を動かすようになった。帰った時にやせっぽちで友達から心配されるのはごめんだ。元気に帰ってこれてよかったねって言われたい。もう少し欲を出して、女友達にまだ魅力のある男だって思わせたい。女性がみんなブルカをかぶっていて、女性自体を見ることが極端に少ない国にいるから、こんな風に思うのだろうか。そんなことを考えながら、広背筋や、腓腹筋など、動かしてみる。

夕食は淡白な味がしたけど、それはそれでおいしかった。同僚と音楽の話をした。お茶を飲んで、それぞれの時間。電話が鳴る。現地職員から、今朝会った患者さんが亡くなったって。彼の目を思い出す。あの目に映った最後の数人に、自分がいる。「この外国人、誰なんだろうな」とか思ってたんだろうか。報告書は、被害者欄に、負傷者一名じゃなく、死者一名か。なんだかお腹の調子が悪くなり、トイレに籠る。こういうのは、頭じゃなく、心や体が反応することだ。誰かに言おう。隣の部屋のドアを開け、同僚に「今朝病院で訪問した被害者のひとり、亡くなったって」「そっか。気障りか?」「ううん、そうでもないや」

なんかお腹がすっからかんになったから、冷凍庫から凍らせていたご飯を出して、お湯を沸かして、お茶漬け海苔を振って、お茶漬けを食べる。外行こ。ベランダに出る。今晩は星空。気温はちょうど零度くらい。お茶漬けから湯気が立つ。使ったボウルが大きすぎて、お湯を入れすぎた。お茶漬け海苔をもう一袋入れよう。スプーンだけど仕方ない。人の命は重い。人道支援を最前線で続けていると、外科医も毎日こんな気持ちになったりしてるのかな、とか想像する。全く関わる必要のない人の命に、関わる。でもそれってすごく人間的な営みなんじゃないかな。別に僕は日本からはるばるアフガニスタンまで来て、あの人の命の重みを知らなくてもよかった。全然その必要はなかった。でも、そんな人がいて、どうにかしようとした。人間にしかそんなことはできないから、それを人間的と呼んでもいいと思う。

ここに来てたくさんの人の命と関わった。死体を搬送したのも一体や二体じゃない。だからって、命が亡くなるという現象に慣れてしまっているわけではない。でもナイーブに毎回涙を流しているわけでもない。いつも何かの影響は受けている。それは、僕が人間だからだと思う。そして、お茶漬けを食べたりしながら、どうにかこうにか仕事を続けている。弔うと言うと大げさだ。でも僕は感じ取っている。アフガニスタンで、人の命の重さが何たるやを。そしてそれは、たぶん重要なことで、こんな仕事を選んでなければ知る必要はなかったことで、でも知ったこと、いや、知ろうとしたことを誇りに思ったりもする。僕は、生きている。あと1週間で、365日、この国で生き延びたことになる。この駐在が終わったら、お祝いだな。

この記事を書いた人

一風
現在地:イギリス
オランダの大学院を出て人道支援を始める。現在国際機関に勤務。

一風さんの海外ストーリー