Canpath
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生還。チーズと共に。

ジュネーブ。もう何回か訪れたから、地図もしっかり頭に入っていると思ったら、バスの番号をすっかり忘れていて、駅で路頭に迷う。どのバスがどの乗り場から出ていて、どちら方面に向かうのか。英語で聞けばいいんだけど、一応フランス語圏だから気後れする。人の流れをなんとなく眺めていると、時間がするりと過ぎていく。ああ、スイスにいるんだな。アフガニスタンでの1年間が、終わったんだな。道を歩いても、危険はない。戦闘音も聞こえない。ひとつ似た要素があるとすれば、寒い。スーツケースも重いし、もうよくわかんないから、タクシーに乗っちゃえ。

タクシーの運ちゃんは「どこから来たんだい?」と明るい。「日本です。でも、今はアフガニスタンからの帰りです」。別に言わなくてもいいんだけど、このぼやっとした顔を説明する助けになるだろう。「危な・・そうだな」。運ちゃんはどちらかというと日本の話がしたかったらしく、自分が日本でどんないい思い出があるかを、早口の英語で話した。目指すべきホテルは、実は駅から歩けるくらいに近かった。それでもメーターで2000円以上した。信じられないほど物価が高い。

アフガニスタンで一緒に働いていたジュネーブ出身の同僚が、買い物するならバスでフランス側にある町に行った方がいいよ、と言っていた。スイスはスイス・フラン、フランスはユーロ。フランスに行くだけで格段に物価が安くなる。本部での仕事をぱっぱと済ませ、僕は日本にいる友達にチーズを振る舞うため、チーズを買いにフランス側に行くことにした。国境を一応越えるが、普通の路線バスで20分ほどの旅路。パスポートを見せる必要もない。

フランスに来るのは実は10年以上ぶりだ。それにしてもチーズだけのために訪れることになるとは。僕はフェルネイ=ヴォルテールという町でバスを降り、チーズを探した。カルフールというスーパーマーケットでもチーズの種類の数はかなり充実していたが、ここはやはり、と思い、商店街にあったチーズ専門店で買うことにした。さすが専門店だけあって、地元のチーズやおすすめのチーズを紹介してくれるし、「飛行機に乗るので・・」とフランス語で一生懸命言うと、店員のお姉さんが密閉パックをしてくれて、「今晩はホテルの冷蔵庫に入れておいた方がいいわよ」などとアドバイスをくれる。よし、満足。すべてはうまくいった。

翌朝ホテルからバスに乗ってジュネーブ空港へ行く。BaseからHomeへ。ジュネーブから横浜へ。帰るまでが遠足。帰るまでが人道支援。今回はエール・フランスでパリ・シャルルドゴール空港経由だ。初めて知ったが、ジュネーブ空港からフランス行きの便には専用の出発ゲートが設置されている。なぜここまで差別化する必要があるのかよくわからないが、それがフランスということなのだろう。チェックイン・カウンターで、チケットを見た職員の女性が、「人道支援職員の方ですね。職員であることを証明する文書はありますか?」と不思議な質問をする。僕は契約書を引っ張り出して彼女に見せた。「大変なミッション、お疲れさまでした」と、もう身体全体でねぎらってくれた。空港に誰かわかってくれる人がいるというのは、本当にありがたい。逆にそう思うことで、自分がアフガニスタンで辛い思いをしていた、「誰かわかってくれよ」と心の底で思っていた、ということに気づかされる。

生還する。そんな動詞を使うことになるとは、思っていなかった。一年間、僕はアフガニスタンで生き、仕事をし、五体満足で日本に向かっている。これ以上の達成感はない。遂に終わるんだ、この日々が。人間を救うということに、徹頭徹尾、真剣になった日々が。今回ばかりは、自分を思いっきり褒めてやりたい。よくやった、自分。よく辿り着いた、この自分にしかわからない、山頂まで。こんなに褒めてやるのも、考えてみれば人生初めてじゃないか。自分で認められる自分になるまで、長くかかった。でも諦めないでよかった。こんな気持ちになることがあるなんて、これまで知らなかった。日本に着いてからのことは、後で考えよう。今はこの気分に、浸らせてくれ。

この記事を書いた人

一風
現在地:ミャンマー
オランダの大学院を出て人道支援を始める。現在国際機関に勤務。

一風さんの海外ストーリー