Canpath
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The Helping Hand (救いの手)

-今から投稿するストーリーは長く、下手な説明であるため、感謝の意を込めた人への話は下までスクロールを希望する。より、詳細に伝えたいため、過激な表現がありますが、ご了承を。これから初めて留学する人に特にお勧め。

「遊学」気分でオーストラリアへ

  留学したのは高校2年の春からの約半年間。留学先はオーストラリア、東海岸に位置するNoosa。リゾート地でもあり、他国からの観光客、日本人の留学先でも人気のあるスポットであるところに初めて私は留学した。

最初のホストファミリーはスポーツ一家

  小学校から留学するまで本格的にボクシングに取り組んでいた。プロになろうかとも考えていため、自分の体形を留学で崩したくなかった。なのでエージェントにはスポーツを共に楽しめるホストを希望した。結果、ホストファザーは元プロボクサー、元オーストラリアの陸軍、体形はマイク・タイソン。仕事は小さなフィットネスジムを経営。ホストマザーは毎朝子供をベビーカーに乗せ、10kmを走る強者。一方、ホストブラザーは当時中学二年生。趣味はテニス。体形は小柄。言うことはデタラメばかり。中二病真っ盛りだから大目に見た。スポーツと英語を両立できる環境は自分にとって大当たりで最高だった。しかし、災難はこのホストファミリーから始まった。

金銭問題と日本人留学生

  語学学校で友達がたくさんでき、ヌーサの生活にも慣れたころにホストファミリーとの間で嫌悪ムードが続いた。1つは日本人留学生の友達と遊び過ぎていたことであった。YesとNoしか言えない状態で不安だらけの自分にとって、日本人がいたことは安心感を与えてくれた存在でもあった。今となっては絶対に留学でしてはいけないことと心に留めている。これが彼らを怒らせた原因であった。「留学しに来ているのに、タカ(自分)は日本語を話しに来ただけか。」、「日本人のせいで、来るたび彼らのごはんまで作らなきゃいけないのか。はぁ。」と思われていた。もちろん、ごはんは作ってくれとは一切頼んではいないが、気を使ってくれていたのだ。非常識な私についに頭に来たホストファザーは 'Hey! This is NOT a hotel,Taka!' とホストファミリーの我慢は限界に達していた。そして「何しにオーストラリアに留学しにきたのか。」と自問自答し、とりあえず、すぐさま日本人留学生の友達と謝りに。ホストマザーは容易に許してくれ、自分で気づいてくれたことが嬉しいとのことだった。一方ホストファザーは無視。こっちすら見なかった。

  謝罪後、日本人と関わるのは語学学校でだけのみになり、ホストファミリーとの関係を見直すため、留学そのものも見つめ直そうと心掛けた。ところが、ある日から晩飯を抜かれることが多くなった。ホストファミリーはブリスベンという都市部へ晩飯を食べに行っていた。深夜の12:00ぐらいに帰宅し、無言・無視で寝室へ直行するということが繰り返された。「これは俺への仕返しなのか?!それに俺が滞在期間中は三食作るっていう契約のはずだろ..作らないなら自分で作るから抜いた分の金返せよ..」と私は怒りと失望のあまり、ホストブラザーに尋ねた。「なんで晩飯いつも抜くの?その分のお金返してよ。自分で作るから。」 そしてホストブラザーの返事は一言 'In a fridge'(冷蔵庫の中にあるよ)と。そして冷蔵庫の中を見ると何週間も前のトマトパスタの余り。 激怒した私はそこで言ってはいけないことをホストブラザーに発言した'Your mom and dad are crazy?!'すると彼はI don't knowを繰り返し、そのパスタをレンジで温めてくれ、私に持ってきてくれたが、すでに私はごはんも食べ終わっていたため、余計腹が立っていた。この発言がホストファミリーの逆鱗に触れるなど知らずに。

  翌朝、いつものように起床し、シャワーを浴び、音楽を聴いていた。その日は特別、朝から日本人留学生のK.Oくんが家に来てくれ、ホストファミリーのことについて相談に乗ってくれていた。しかし、朝から何か様子がおかしいと私は気づいていた。普段ならホストマザーはキッチンで家事をし、ホストブラザーも通学の準備をしているはずなのに、家はシーンとしていた。「どっかまた黙って行ったんだろうな。」と思っていると、突然、階段の足音がドタドタドタ!!!!!!!!僕の部屋がバンッ!!!!!と勢いよく開いた。そこにはミケにシワを寄せたカンカンに怒ったホストファザーが。彼は'Fck off!!!!!!!'と怒鳴り散らした。私とK.Oさんは何事かと茫然としていた。それはK.Oさんに向かって言ったのでした。私とK.Oさんはとりあえず部屋を出て、家の外に行こうとした途端、'You stay!!!!!!'と私だけ残され、後ろを振り返ると、今まで見たことないような激怒しているホストマザーとホストファザーがいた。二人とも一度に怒りを私にぶつけてくるため、私も混乱していた。「俺らの質問に答えろよ!」とは言われても、ただSorry,I don't know しか言えなかった。さらに、それに対し激怒したホストファザーは私の胸倉を掴み、壁に押し付け、そして持ち上げた。足はガタつき、何も抵抗できないぐらいになっている私に彼が言ったことは'Let's fight. I'm gonna kick your ass, pssy'今となってはこの意味がわかるが、当時はただ「かかってこいよ」と言っているんだなーと思っていた。到底、勝てっこなかった。というか、いくらボクシングしてるからといって、マイクタイソンみたいな体つきした男に歯が立つわけがなかった。答えはもちろん'No thank you'と答えたが、数分間持ち上げられたまま説教され、そして最後に殴られる寸前で寸止めされた。Pssyと決め言葉を決められ、降ろされ、その時の自分のTシャツはビロンビロン。すぐに部屋に戻って荷物を大きいスーツケースに無我夢中で詰め込んだ。手の震えは止まらず、もしかするとボコボコに殴られるんじゃないか?とそのことばかり考えて、部屋からなかなか出ることができなかった。すると、再びホストファザーが入ってき、さらに部屋の鍵まで閉められた。次は何かと思うと、私の家族のことについて悪口を言いだした。いまでも彼が言っていたことは単語や文章を覚えていたため、辞書やインターネットで調べると、最悪だった。こんなこと言われたなんて、親に言える表現じゃなかった。非人道的すぎて、悲しかった。愚痴を言い終えると、部屋を去り、'Fck off right now'と。'I know!!! Donkey Kong!!!'言ってやりたかったけど、言ったら殺されるかと思い、早く荷造りをし、出て行った。

扉を開けると、ホストファザーが玄関のドアを開けて待っていた。無言で出ていくとホストファザーは「お前は最後に俺の妻に何も言うことないのか?!ありがとうの一言もないだってさ!」とホストマザーに叫び、彼女は「飽きれた日本人だわ。はやく消えて!」と私に言った。最後に言える状況でなかったのにもかかわらず、ありがとうの一言を要求する彼らはおかしいと今でも思う。言ったところでどうせ'F*ck off'って言い返すつもりだっただろう。

 語学学校からの怒りと口論

 彼らの家を出ると、日本人の友人K.OさんとY.Kさんが心配そうに待っててくれた。私の心はズタズタで言葉も発することもできないところ、彼らは私を支えてくれた。日本人の友達は留学中に作るべきでなかったとは思うが、いざ自分が窮地に追い込まれたときに母国語で相談に乗ってくれる仲間は必要だとこの時実感した。彼らは私を語学学校に連れて行ってくれたが、学校側の反応は冷酷だった。日本人の友達が追い出されたことを言っても驚いた様子はなく、紙切れ一枚持って、話を聞いてくれただけであった。幸いにも、日本人の職員が駐在していたため、その人に代わり、日本語で話を聞いてくれた。しかし、答えは「全部あんたが悪いじゃんか。」一言で片づけられた。「そうと思わないなら、帰国しなさい!」と一方的であり、渋々、自分がすべて悪かったのかと受け止めた。しかし、日本人のK.Oさんがそれを許さなかった。「彼は私はまだ高校生であり、それにホストファザーからの暴力・暴言で侮辱罪と暴力罪で訴えることもできる。まだ高校生の彼にすべて罪を押し付けることはおかしい。毎日三食付きの契約をしていたのに、彼らは契約違反だ。それでも支える学校はどうなのか。」と言い返した。しかし、彼の意見も聞き入れてはくれず、そう思うなら帰国しろと彼も言われた。結局、彼が出した結論はホストファミリーにすべて罪を押し付けると語学学校への収益が消えることであった。語学学校はホストファミリーを募集し、登録する。ホストファミリーを希望する留学生を預けることで、語学学校は収入を得ることができる。その収入源であるホストファミリーを手放すことで収益がなくなることを恐れていたと言う。そもそも有名な話ではあるが、留学生を受け入れることがホストファミリーにとっては小遣い稼ぎのようなビジネスというのは留学する前からは他の経験者からきいていた。実際、自分が体験し、あまりにもショックが大きすぎて語学学校が一気に嫌いになった。とりあえず、語学学校が代理のホストファミリーを探してくれた。そのホストファミリーがDavidとSueだった。

何気ない慰め

 「これからは態度を改めて、留学をもう一度見つめなおしなさい。」と最後に語学学校の日本人のアシスタントに言われ、新しいホストファミリーに迎えに来てもらった。来たのは65歳ぐらいのおじさん。最初の一言は'How's it going mate?'だった。別に返事はしなかっ'I'm fine,thank you. And you?'なんか言える状況じゃなかった。「こんなおじさんの家で大丈夫なんかな?」と心の中で思っていた。迎えに来た車はトヨタの古いランドクルーザー。車内はたばこ臭かった。もしかして、家もめっちゃ汚いんじゃ.....とよぎった。車内での会話は自己紹介をして、むこうは私のことについてたくさん質問を投げかけてきたが、前のホストファミリーに追い出された理由については一切聞いてこなかった。知らないのかと思い、自分からそのことにを打ち明けると彼は'Everything will be fine.Don't worry.'で片づけた。そして私を家に迎え入れてくれた。家に入ると、シーンとしており、想像してた汚い家とは違った。何か懐かしいような雰囲気のある家であった。最初は気まずかった。「追い出された問題児の日本人」なんて学校側から言われてるんだろうなーっと思った。DavidとSueはお湯を沸かし、ホットミルクティーを作った。そしてソファーに座りテレビを見ていた。笑い声が聞こえたので、のぞいてみると、二人はこっちに来いよと言ってくれ、ホットミルクティーを私にも作ってくれた。ホットミルクティーはちょうどよい温かさで、おいしかった。ホットミルクティーとテレビとカウチ(ソファー)。これが彼らの日課。なんかのんびりしてていいなぁ。

つづく

この記事を書いた人

清水 貴裕
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