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寝ても覚めても、海外

留学開始から2ヶ月が経った。たった2ヶ月でも、色々と経験して来れてる。ここらで、一度、ここまでの自分の浮き沈みとか、そういったことをまとめてみるのもいいかなーと思ったので、書いてみようと思う。
  
最初の1ヶ月は、もう夢中だった!しょっぱなの宿探しでは、家が見つからないし、敷金的なものを持ち逃げされそうになったり、てんやわんやという言葉がピッタリと当てはまる。でも、困っていると誰かが助けてくれるもので、一時的な宿として宿泊していた家の人が「秘密の部屋」を貸してくれ、結局そこでずっとも暮らすことになった。
  
そこの家の人は本当に気さくに話してくれて、親切で、こんなに良い思いしてていいのかななんて思ってしまうくらいの家だ!しかも、ちょうオサレだ。Michealは、渋い。奥さんのNadeenはちょう優しい。

(左がMicheal、真ん中がRusty、右が自分)
  
僕は日々、この家の人達、そしてRustyに癒やされている。彼らと話し、飯を食い、一本のビールを(一本だけ)共に飲むのが、本当に良い息抜きになっている。
  

僕らは色々話しあう。
人はどうして生まれたのか。
それぞれの物に意味や責務はあるが、人はどうだろう。
僕もそういう話をするのは好きなので、喜んで話している。英語の勉强にもなっていると思う。
  
  
  
  
  
でもそんな人達と暮らしてて、ちょうど1ヶ月後くらい、僕はどん底にいた。
留学の最初の方で、僕は英語学校に通うことになっていた。クラス分けの試験では、それなりの結果を収め、面接も普通に話し、結果クラスはビジネスの一番上という難易度の高いクラスだった。
  
正直にいうと、僕は鼻高々だった。ろくに海外で生活したこともなく、英語の勉強は自分でちょとちょこやってたくらいで、良いクラスに入れたものだから調子に乗っていたのだろう。でもそれは、本当に最初だけだった。まさに、クラスの結果を発表する張り紙を見てから、最初の授業が始まるまで、だ。
   
クラスの英語は、本当にレベルが高かった。先生は早口だし、クラスのメンバーはみんな下のクラスから地道にやってきた人達だ。みんな普通に聞き取って、話している。
僕はといえば、聞くのに必死、返す言葉は有耶無耶、もう本当に逃げ出したい気持ちだった。
    
「あー、何やってんだろう俺。。。」
    
    
常時こんな感じ。しかも、留学テーマは研究なのだ。その貴重な時間を割いて、英語学校に来ているのに、僕は朝から昼過ぎまで、うだうだ授業を受けているのだ。もう自分はアホなんじゃないかと、なんでこんな選択したんだと思っていた。
    
英語学校が終わった後は、研究所に行き、実験を行う日々だった。「英語学校は、とにかく我慢しよう。研究を頑張ろう!」そう考えるようになっていた。
そうなると、自然と体には疲れがたまってくる。平日が満足に実験できないから、休日にたくさんやる、というリズムを作っていたのも原因の一つかと思う。

英語学校がはじまって2週間後くらいに、僕は実験でもある一つの失敗をやらかした。お世話になっている研究室の貴重な試薬を駄目にしてしまったかもしれなかったのだ。(結果的に、駄目になってなくて、救われるのだけど。)
ボスと話しているうちに自分のミスが明らかになっていく時は、本当に辛かった。初めて、ストレスでお腹を壊した。(本当に、ボスと話している時に、腸がグルングルン動いて、トイレに駆け込んだ。)
    
僕はここらへんで、本当に駄目になってしまった。
英語学校でも自分の英語力のなさをつきつけられ、実験でもミスをして自分の駄目さを了知し、もう僕のライフポイントはゼロだった。
その時の休日は、体が動かず、ひたすらベッドで寝ていたり、とにかく現実から逃げたかった。

ここでやっと、タイトルが出てくる。本当に、寝ても覚めても海外なのだ。昼はひねもす夜は夜もすがら、というやつだ。英語を話さなければいけない、それだけでもプレッシャーになってしまった。
あの時ほど、日本に帰りたくなったときはない。僕はiPadで、ひたすらジャンプを読んだり、とにかくそういう日本語とか娯楽の類に逃げてた。(今、ジャンプをアプリで読めるんですよ!もちろん有料ですが、毎週買うのとそんなに変わらないくらいで。)
      
     
     

状況が変わりだしたのは、そんなどん底を2週間くらい経過した時だ。
ある日の朝、朝日がむちゃくちゃ綺麗に感じれた。
何言ってんだこいつ、って感じだ。
朝日が綺麗だったのは、ただのキッカケだったんだろう。それ以外の要素もなければ、回復しないと思うし。でも、それまでの自分は、綺麗だと感じる思考が持てない状況だった。だから、その日、綺麗だと感じた自分が意外で、あ、ひっくり返ったかな、と思ったのだ。
     
たぶん、色んな要素があったんだと思う。試薬が駄目になっていなかったことがわかったこともひとつ。
大きいのは、自分を英語が出来ないヤツと受け入れれたことだったと思う。もう開き直って、僕は質問しまくっていた。わからんものは、しょうがない。もう気分は小学生だ!そう開き直ったら、とても気持ちが楽になった。先生も答えてくれることがわかった。
    
結局、自分で自分を追い込んでいただけだった。そこに気付けたのは、アドバイスをくれた日本の先生、大事な人、一緒に住んでる人達のお陰だ。
    
・自分で自分を決めつけていないか。
・〜しなきゃいけない、とか思っていないか。
・誰かに話しているか。(抱え込まない。)
    
振り返って、自分にとって大事であったのは、ここらへんだ。
    
      
      
その後は、英語学校のクラスは本当に楽しかった。5週間だけのクラスは終わって、今は研究にガッツリ集中できる環境になった。今は、喜んで休日も実験しに来ている。(必要に迫られてではない。)でも研究だけじゃなくて、他にも休日が充実するようになってきた。英語学校の仲間が出来たからだ。彼らと飲んだり、ラテンパーティに誘われたり、一泊二日で旅行に行ったり。(メイン画像は、その時の写真だ。今のところ、留学中のお気に入り写真ナンバー1になっている。)
     
     
      
本当に、あのどん底の2週間があってよかったと思う。僕はあの経験を通して、人に支えられている自分を本当に強く感じることが出来た。日本からアドバイスをくれる先生、辛い時に話を聞いてくれる大事な人、一緒に笑い合える仲間。
すごいクサイことを言ってるようだけど、本当に出会った人達に感謝している。この人達と共有した時間が、日々の研究の活力になっている。
     
今までの出会いに感謝しつつ、これからも色んな人達と出会っていきたい。そして、メインの研究を充実させたい。寝ても覚めても海外、最高だ!残り4か月、精励しようと思う。
   
    
ということで、そろそろ実験やってきます!!!
     

Great Ocean Roadにて。夕日。

この記事を書いた人

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Kazuma Okada
現在地:-
岐阜大学で学び始めて早8年目。研究はウイルス学。獣医師免許はもっているが実際に働いたことは無く、自称ペーパー獣医師。 山登り、自転車が好き。 体を動かすのが好き。 趣味関連のこと書いてたブログ http://ameblo.jp/unga-okd 今はもう一つの留学記になってます。

Kazuma Okadaさんの海外ストーリー