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しんこきゅう

最近どうも部屋で一人になると急に落ち込んで苦しくなることがある、ここでの生活を楽しんでいて毎日笑ってるはずなのに越えられない何かを感じたりする。そういう思いをしているその瞬間も、もったいないと思って避けていたけど向き合ってみたらそれは自分を知るための大事な時間なんだと気付く。今まで逃げてきたことを実感する。

一人になること

 日本では実家から大学に通っていたため、一人になることは滅多になかった。大学に行けば大好きな友達がいるし家に帰れば家族がいる。実家は神奈川、大学は(一応)東京にあるため大抵の友人には会いたいと思えばすぐに会いに行けたしむしろ一人になりたくて自分から海に行ったり好きな場所に行ったりするレベルだった。初めての一人暮らしにわくわくとどきどきでいっぱいだった。どんな部屋にしようかな、何食べようかな、なんて考えてた。オーストラリアに来て始まった一人暮らしは確かに期待通り(不便ではある笑)で、寝具や小物を柄にもなくピンクでそろえてみたり、日本では滅多にしない自炊も挑戦した。特に問題はない部屋だけど、強いて言うならこの部屋にはテレビがない、だからYoutubeでもつけない限り音はない。じっと黙ってみると自分の呼吸の音だけが耳に届く。そんなとき、一人なんだなーと思う。もちろん、扉を開けさえすれば共同生活のため他のフラットメイトがいるし、もう一つ扉を開ければ他の棟の寮の友達もたくさんいる。だけれどそれはまたちょっと違う話。
 一人になると、もちろん喋らない。英語力向上のためにたくさん話せ!とかそれとは別の意味で。日本にいたときみたいに、特に理由もなく家族と話す時間はない。たんたんと課題や自分のやりたいことへの作業をこなすだけ。そうすると、色んな思いがめぐってくる。何にも変えられない孤独さと戦わなきゃいけない時がある。より期待でいっぱいになることもあれば、涙があふれることもある。思ってたより異国の地で初めての一人暮らしで自分をコントロールするのは難しいことだった。
 「一人の時間も好き」これは多分間違いではない。日本にいるときは都会の喧騒から離れてぼーっとしてみることや、かっこつけてカフェにいって勉強したり、終電帰りにゆっくりあるいて空を見るのも好きだった。でもそれは、周りに友人や家族がいることが当たり前だったからなんだなあと気づいた。一人になったあとに、必ず迎え入れてくれる環境があったことに感謝できていなかった。
 日本にいたときの環境のありがたさに気づけたのは幸せなものの、さっさと帰国するわけではないしオーストラリアでの一人の時間を戦わなければいけない。それはとっても楽しくてとっても残酷だったりもする。今のところ大抵は楽しいような気がしているけど、今日は今まで逃げてきた自分を見つけた。ああ、こんなことから逃げてきたな、あのとき諦めたのは何でだったっけな、なんて自分の歴史をたどった。すると、あれ?挫折したことないな~なんて思っていたけど、挫折することからさえも自分は逃げてきたんじゃないかなと気づいた。
 一人の時間、特に自分から好んで作る一人の時間ではなくて、受動的になる一人の時間は嫌でも自分と向き合わなきゃいけない。言い換えれば、それは自分の言いところも悪いところも知る貴重な時間だ。

これは私にとって予想もしていなかった留学のオプションであり苦しみでもある。

この記事を書いた人

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Rena Ono
現在地:オーストラリア
神奈川県立湘南高等学校卒 首都大学東京 理工学部 生命科学コース4年 神経生物研究室 トビタテ!留学JAPAN日本代表プログラム 自然科学1期生 IBPグリフィス52期生 留学前IELTS6.5 サーフィン始めましたin AUS ダイバーです ハンドメイドで折り鶴ピアスやってます

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