Canpath
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郷に入っては郷に従え

書いていたのに投稿するのを忘れていました。。
今回はとてもとても読みにくい文章になってしまいました。つたない文章ですみません。

留学を始めて1ヶ月

最近は写真のようなきれいな湖に行って黄昏てきました。そこで考えたこと。

私、この1ヶ月で適応できたかな

この1ヶ月間、新しい生活に慣れようといろいろやった気がします。特に、友達を作ること。
研究室にいることが多い私にとっては友達をたくさん作ることはけっこう大変なのです。もちろん研究室のメンバーとは毎日話せるけれど、それはたった10人足らず。話すことはほとんど研究のことだけ。もちろん目的は研究なのでいいのだけど、私としては生活も充実させたい!
そんな目的を持って毎日新しい出会いのきっかけに目を光らせていました。大学のキャンパス内の芝生で一人で歌ってみたり、バス停で会った同じくらいの年齢の人に突然話しかけたり、バスで隣に座った子に出身を聞いたり、、、
今思うと変な人かもしれないけど、ただ黙って過ごしているのは何より嫌だったから。でもこれらをきっかけに今、一緒に外食したり休みの日に日帰り旅行に行ったりしてくれる友達ができたのは事実です。
ただ、思うことがあります。どんな国の友達でも、ふとしたときに日本の文化との差を感じる。たとえば一緒に旅行に行ったとき。帰りに、「今日は楽しかった!ありがとう!」と私が言うと、必ず、「どうしてありがとうなの?」と返ってくる。これはたまたま私の友達がそういう考えの持ち主なだけかもしれないけれど、「いやいや!俺も楽しかったよ!」というのではなく、本気でどうしてありがとうと言ったのかの理由を聞いてくる。人によって程度に差はあるけれど、いつも私はありがとうと言いすぎだと言われる。
こういうところに小さな違いを感じています。でも嫌だとかそういうわけでなく、そういうとらえ方もあるのか!くらいに思ってます。でも、同時に、だからといって次からはありがとうを言わなくていいや、とはなりたくないなと思うのです。

同化ではなく共存したい

相手の価値観に自分を合わせて、次からは相手がするようにしてみよう。最初はそう思っていました。だっていつも「郷に入っては郷に従え」って言うでしょ?その方が相手もきっと同じカナダにいる人間として見てくれるし。
でも、すべてを真似していればそれでいいのかな、って思ったんです。すべてを真似して、自分の外側だけカナダ人になって、それで友達ができて、、、きっとその時、自分が今まで23年間日本人として考えて行動してきたことを一つずつなくしちゃうんじゃないかなって思ったのです。それはいいこともあるし悪いこともあると思いますが。ありがとうをいちいち言わなくなるとか、バスは前からも堂々と降りる(前乗りなのに)とか。
何が言いたいのか、読んでくださってる方もそろそろわからなくなってきていると思いますが(笑)
つまり、自分の価値観をそのままに、興味を相手に向けて歩み寄ってみよう、と思ったのです。「私、今カナダ人やってる」みたいなかっこよさはもういらない。その代り、「私、すごく日本人なんです、カナダもいいところですね」みたいな雰囲気かな。だから、もうみんなを見て同化しようとするのではなく、「日本人として」共存したいと感じました。

自分はどんなときも日本人

自分がここで何をしても、どんなにかっこつけてカナダ人になろうとしても、私は日本人なのです。だからカナダ人みたいになってうまく生活するより、日本人として試行錯誤しながらカナダのいいところと悪いところを感じて生きていきたいなと思います。
同時に、カナダ人になった気分でいたのは自分だけで、周りから見れば私は日本人で、私がすることが日本人のすることだと気づきました。
日本にいたときよりも、さらに日本人として、軸だけはぶらさずに、生活しようと思います。

この記事を書いた人

Sumire Futamure
現在地:カナダ
東京生まれ東京育ち。 一期一会がこの世で一番大切な言葉だと思っているので、道で会った人とも友達になります。 心のキーワードは「全ては自分次第」。研究で迷っても、生活で困っても、自分の行動で全ては変わると本気で信じてます。 新しいことを始めるのが大好き。

Sumire Futamureさんの海外ストーリー